にほんの明朝体の制作経緯について

にほんの明朝体はその名の示すとおり日本の明朝体の典型を探りあてるというテーマを設定して、時代をこえるスタンダードの具現化に試みた書体である。約一年ほどの制作期間を経て二〇一二年に発表し、未完の試作で製品化はしていない。制作文字数は漢字が約二〇〇字、仮名はひらがな・カタカナともに全て、英数字は約一〇字、他約物が少しで、見本帳を組むための字種のみを揃えている。

 

凡庸な明朝体はたくさん存在するし、今さら新しくつくる必要性はないのではないかとも思うが、実際に現在流通している明朝体の数はとても多い。現在は専門職ではない一般の人々でもフォント制作が簡単にできる環境が整っているから、その数は太さ(ウエイト)や漢字を含まない仮名単体の書体のバリエーションも含めれば数百なのか千に至るのか、正確な数は把握していないし、たぶんできそうにもない。PCが普及し始めたDTPの黎明期の頃は使える明朝体やゴシック体が片手で数えられるぐらい僅かしかなかったと聞くから、それを思えば書体も百花繚乱といえる。時代の要請や用途や趣味嗜好に合わせて多種多様な書体が生まれ、ある種の飽和状態にあり、市場を喚起したり読み手に寄り添ったり、また歴史を刷新していくような、より明確な意図を見出すことが作り手側に求められる、新しい時代の流れを迎えていると言えるのかもしれない。

だからこそ、このような混沌をはらんだ時代に改めて「普通の明朝体とは何か」を考えることが可能であるし、その意義が大きいのでははないかと思えた。なぜなら古くは活版印刷の時代から、写真植字を経てDTPに移行し今はその全盛期にあって、これまで永い歴史の中で多くの活字彫刻師や書体設計士(タイプフェイスデザイナー)が幾多の書体を生み出し、現在はそれらを並べて星のように一望し、相対化して眺めることができる状況にある。つまりは歴史を俯瞰して総括するようなことが初めて可能な地点に立っているといえるのではないだろうか。発展の軌跡の全体像を把握することで、より普遍的な明朝体の有り様を想像することができるし、最も中庸的で言葉や文章そのものに変容するような、多くの人に受け入れられる公共性の高い明朝体を、今までにない考え方で、明確にイメージできる可能性が見えてくるだろう。

また一方で、その始まりから一五〇年程にわたる明朝体の発展とは一体なんだったのだろうかということを考えてみると、捉え方は様々だが、一つの客観的見方として「正方形への定型化の歴史」と解釈することができるのではないだろうか。元々、明朝体は明治の初期に中国から近代活版印刷術と共に輸入されてきて、その正方形の鉛のボディを持っている漢字に、それまで連綿で書き綴っていた日本の仮名を一字一字切って、適合させてつくったのが日本の明朝体のデザインのはじまりで、それから時代は変わって写植やDTPになり、活字という物理的な制約が無くなっても、依然として正方形の枠にデザインすることに変化はなかった。写植書体やデジタルフォントにとって正方形のボディとは概念的なものでしかなく、欧文書体(ラテンアルファベット)のようにプロポーショナルという、AならA、BならB、に一文字ずつ適切な固有の幅を持たせてデザインするようなことが、技術的に可能になっていたにも関わらずである。その理由は読者の目の慣れとか組版上の合理性などが考えられるが、それは置いておいて、つまりはいつの時代もずっと正方形にデザインされてきたという不変の史実があって、それは言い換えれば、読みやすく美しい書体を実現するために「正方形という枠に対していかにまとまり良く統一感を持って設計するか」ということに腐心してきた歴史なのだろう。これは少し語弊があるかもしれないが、書体設計上の作業を端的に表すと大体こういう言葉に集約されると思う。具体的に言えば、大きさや太さ、寄り引き(文字の位置)、重心、線質、傾き、アキ(文字の空間)を揃えるなど、これらの項目をいかに高い水準で洗練化させるかということである。その洗練の度合いを高めることによって、より美しさと高い可読性を実現してきたのが、明朝体の歴史ではなかったかと思う。だからそう考えれば、近現代の書体デザインが目指してきたある意味での到達点のようなものがあるのだろうし、日本の明朝体の発展に対する適性な解答のようなものを考えることが可能なはずだと思えた。別の言い方をすると、明朝体の発展の行き着く先はだいたいこういうところだろう、という共通認識を提示するようなことだ。

 

ではそのような明朝体を、一体どのようにすれば生み出すことができるのだろうか。ある人が典型的と考える明朝体を本人の感性に任せてつくったとしても、それはその人の主観によるもので、別の人が考えれば全く別のものができるだろうし、そもそも典型と呼ぶに相応しくないし共感を得られないだろう。それが例えば長い修練を経た実績のある著名な人物の手によって生み出されて、多くの人が美しいと賞賛したとしたら、それでいいのかもしれないが、でもなぜそれが良いと評されるのか論理的に説明をする言葉を持たないかもしれない。だから理想的にはその造形に至るまでの手段や過程までもが言語化されて、その思考方法そのものも含めて共有されるようなものであった方がいいのではないだろうか。つまりなるべく特定の個性や思想が介入しない、客観性を伴った考え方や行程が求められるだろう。

ここからは私が実際に行った手段の話になるが、私は頭の中に以下の図のようなイメージを描いた。これは色々な明朝体を半透明にして重ねてみたイメージ画像である。特に目にすることの多い、または歴史の中で多かった、主な明朝体を中心に十数種類を重ねている。十数種類というのは全体からすると数として少ないと思うが、長い期間残ってきたものや一定の評価を得てきたもので、また使用されてきた頻度から考えて全体の大方の市場の占有率を占めてきたと推測する書体選択で構成している。一応列記すると[石井明朝・岩田明朝・小塚明朝・秀英明朝・筑紫明朝・TB明朝・凸版明朝・ヒラギノ明朝・平成明朝体・本明朝・本蘭明朝・モトヤ明朝・游明朝体・リュウミン(五十音順)]である。

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ここで少し想像してもらいたいことは、一つの仮説になってしまうが、この図のようなおぼろげな像を日本人の多くが潜在意識や無意識の中に持っているのではないだろうか。書体について興味がなかったり知らない人で、その形に関心を抱いたり能動的に眺めたことがない人々でも、日常的に本や雑誌やテレビやPCなどを見て読んでいる中で、その残像の蓄積であったり記憶の蓄積が、心の中に刻み込まれているのではないだろうか。その蓄積の中で、「あ」なら「あ」、「い」なら「い」という、全く同一ではないにしろ、おぼろげな共有のイメージのようなものが少なからず形成されてきているのではないだろうか。普段意識していない行為でも、例えば水を飲んだり白いご飯を食べている時に、すっと喉を通ったり、または違和感を覚えたりすることがあるように、書体にもきっと「ふつう」に対する共有感覚が蓄えられているように思えた。したがって、その仮定する共有のイメージを「探り当てる」というようなことを考えた。創り上げるのではなく、既にあるはずのものを見つけ出す、というような感覚に近い。初めて見たはずなのに初めてのような気がしない、記憶の底から呼び起こされたような必然的な形や自然な姿と言ったらいいかもしれない。永い月日の中で日本人の心に刻み込まれてきた、混沌の中に浮かび上がる純粋無垢な原形のようなものだ。図を見ても分かるように、特に本文用とされる明朝体の形の許容範囲は狭いところに集中しているので、その中心の線を描きたいと思い、多くの人に共感を呼ぶ形を探したいと考えた。その先の向こう側に、明朝体の原風景や、時代をこえる普遍性がみえるように思えたからだ。

制作においては常にこの像を意識しながら進めて、それでもバランスの悪さや偏りらしく感じる部分は任意で判断して修正した。あくまで私という一個人が制作しているので、全く客観的に作ること自体がそもそも不可能なのだが、それでも作り手の業を消すことに徹底するように努めた。画像を参照しながら進めることで、限定的ながらある一定においては、私心や癖を技術的に抑制可能だろうという感触を掴めるように感じた。

 

個人的なことを書かせてもらうと、私が書体デザイナーを志したきっかけは、日常の中で目にし生活に根ざしている文字が情報や思想を人に伝え、ひいては文化をも支えているという当たり前の価値に気づいた時に、そのようなものにものづくりを通して関われることに魅力を感じたからだ。また、数十年、百年としたゆっくりした時間の歴史の流れの中で、使われて残っていく書体の持つ普遍性に憧れややりがいを感じた。だから私にとって当たり前であることや普通であること、残り続けていくこと、そして普遍性というのは、この仕事をする上で基本になる考え方で、ずっと変わらない果てない夢や目標である。

試作として一応の発表をしたが、もちろんこれが最良の結果ではないと思う。異なる視点から別の方法も考えられるし、前提として私自身の当時の力量の問題も含まれているし納得できている訳ではない。またスタンダードと認められるかどうかは受け手である多くの人の判断に委ねられるだろう。第三者の意見を積極的に取り入れるような方法がもっとあった方が良いかもしれない。それでもこの書体の持つ考え方はそれ自体が普遍的で価値があるだろうし、日本の書体デザインという広い枠組みの中で考えても、将来的に取り組む意義のあるテーマであると考えている。

多くの先達や数々の名作書体に学びながら、さらにその上で何を新しく生み出せるのか、追随するだけはなく越えていけるような、次の時代を担っていく百年の風雪に耐えるような書体を、いかに生み出すことができるのかを、私なりに客観性を持って導き出した回答になっている。だからきっと最終的な形やデザインは変わるだろうと思うが、もう一度機会を見て取り組んで、いつの日か時代をこえるスタンダードと呼べるようなものをつくれたら嬉しい。